2017年09月11日更新
ベニス 美少年 作品

ベニスの美少年への思いを募らせた作曲家の苦悩を描いた作品「ベニスに死す」

イタリア映画界の巨匠ルキノ・ヴィスコンティが、美少年への思いを募らせた作曲家の苦悩を格調高く描いた文芸ドラマ。作曲家グスタフ・マーラーをモデルに描かれたトーマス・マンの原作を基に映画化したBL作品。

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「ベニスに死す」

マーラーの官能的な楽曲に誘われるようにして始まる導入部からして、魔力のような美しさを持った映画である。20世紀を代表する映画監督ルキノ・ビスコンティは「この作品は私の生涯の夢だった」と語っており、終生の愛読書であるトーマス・マンの原作に改編を加え、主人公の設定を文学者からマーラーを模した作曲家として映画化した。
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ストーリー

静養のためベニスを訪れた老作曲家は、ふと出会ったポーランド貴族の少年タジオに理想の美を見出す。以来、彼は浜に続く回廊をタジオを求めて彷徨うようになる。

ある日、ベニスの街中で消毒が始まる。尋ねると、疫病が流行しているのだという。白粉と口紅、白髪染めを施して若作りをし、タジオの姿を求めてベニスの町を徘徊していたあるとき、彼は力尽きて倒れ、自らも感染したことを知る。それでも彼はベニスを去らない。疲れきった体を海辺のデッキチェアに横たえ、波光がきらめく中、彼方を指差すタジオの姿を見つめながら死んでゆく。
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舞台となっているのは現在はベネチア映画祭が開かれるベニス・リド島。監督がヨーロッパ中を探して見つけた15歳の少年ビョルン・アンドルセンは、美を追究する者をとりこにするのもうなずけるほど妖しく美しい。彼の存在なくして映画は成立しなかっただろう。死に至るまで言葉ひとつ交わすことなく少年を追い続ける作曲家。決して交じり合うことなく向けられる視線の痛々しさ。絶対的な美の前に無力となる人間のもろさが見事に描かれている。
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ベニス・リド島

リード・ディ・ヴェネツィア (Lido di Venezia) は、イタリア北東部ヴェネツィアの南に浮かぶ細長い島である。リード島、リド島とも言う。ヴェネツィアの潟とアドリア海を隔てている。長さは約12kmあり、住民は約17000人。ヴェネツィアの島々の中では数少ない車両が通行できる島でもあり、本土からフェリーで渡ることができる。
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出演

美少年タジオ役 ビョルン・アンドレセン

ビョルン・ヨーハン・アンドレセン(Björn Johan Andrésen、1955年1月26日 - )は、 スウェーデンの俳優、歌手。ストックホルム出身。
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1970年、ヴィスコンティが『ベニスに死す』の映画化の為に、主人公の作曲家を虜にする少年タジオ役を求めてヨーロッパ中を探していた。当時、まだ友人とバンドを組んで歌っていたアンドレセンがヴィスコンティの目に止まり、数多くの候補者の中から選ばれた。 ヴィスコンティは、数千人の候補者をリストアップし、最終的にはアンドレセンに決定した。
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現在のビョルン・アンドレセン

素顔のアンドレセンは、ごく平凡な北欧の健康的な少年であった。映画の成功で、一躍アイドルになった彼のもとには、数多くの映画出演話が舞い込み、撮影準備のためにパリで一年暮らしたこともあったが。結局実現しなかった。もともと音楽に興味があったアンドレセンは、その後学園生活に復帰し、音楽活動していたらしい(『ヴィスコンティのスター群像』より抜粋)。 また、映画のイメージと実像を混同されることが多々あり、好奇の目で見られ続けることに耐えかね、ストックホルムを離れ、一年間、デンマークのコペンハーゲンで生活したこともあった。そのころ、死亡説が流れたこともあったが、1977年、スウェーデン映画に主演し、復帰。

1983年に結婚。劇団を運営しつつ、ストックホルムで暮らした。その後、娘(ロビン)が生まれるが、結婚前に生まれた長男を乳幼児突然死症候群で亡くし、離婚。しかし復縁し、現在は妻と娘と音楽教師としてストックホルムで暮らしている。
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アッシェンバッハ役ダーク・ボガード

ダーク・ボガード(Sir Derek Jules Gaspard Ulric Niven van den Bogaerde ,Dirk Bogarde, 1921年3月28日 - 1999年5月8日)はイギリス・ロンドン・ハムステッド出身の俳優、作家。本名、デレク・ファン・デン・ボガール。父親はオランダ人でタイムズの編集者、母親は元女優・マーガレット・リーヴェン。
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大戦終了後の1947年に再び俳優として活動を始め、舞台出演が高い評価を得て、同年映画デビュー。以降イギリスを代表する名優として活躍した。1963年の『召使』と1965年の『ダーリング』で英国アカデミー賞を受賞。ハリウッドから誘われ続けたが、アメリカ映画は『わが恋は終りぬ』一本のみ。イギリス・フランス・イタリアなどヨーロッパ映画で活躍した。上記以外では、ルキノ・ヴィスコンティ監督の『地獄に堕ちた勇者ども』『ベニスに死す』やリリアーナ・カヴァーニ監督の『愛の嵐』などが有名。
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ベニスに死す

『ベニスに死す』(英語: Death in Venice (オリジナル)、イタリア語: Morte a Venezia (吹替え版)、フランス語: Mort à Venise (吹替え版) )は、1971年に公開されたアメリカ資本のイタリア・フランス合作映画である(台詞はほぼ英語、観光地の話なので多言語だが、字幕化される台詞ではない)。監督はルキノ・ヴィスコンティ。カラー、シネスコ、131分。
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マーラーの交響曲第5番の第4楽章「アダージェット」

出展:Youtube

マーラー; 交響曲第5番嬰ハ短調 第4楽章 アダージェット

Year 1957 第1-5楽章: https://www.youtube.com/playlist?list=PLs66GYnrLDSTWblnHaNk58rplAsg2CXfb.

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