2017年09月05日更新
海外 BL 映画

海外のBL映画「ブロークバック・マウンテン」惹かれ合う2人の男性の姿を描く。

60年代のアメリカ西部を舞台に、ふたりのカウボーイの20年以上にもわたる禁断の愛を描く2006年アカデミー賞監督賞ほか3部門を受賞した人間ドラマ。

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「ブロークバック・マウンテン」

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【ストーリー】

1963年夏、ワイオミング州のブロークバック・マウンテンの山中で羊の放牧を行う季節労働者として、牧場手伝いのイニスとロデオ乗りのジャックが雇われた。2人は過酷な労働を通して友情を深めていったが、ある夜、ジャックがイニスに誘いをかけ、2人は一線を越えてしまう。

労働契約の終了後、2人ははっきりと再会の約束をしないまま別れ、その年の秋にイニスは婚約者のアルマと結婚し、やがて2人の娘の父親になる。一方、ジャックは再会を期待して翌年もブロークバック・マウンテンでの仕事を求めるが、仕事を断られた上にイニスが来ていないことを知る。失意のジャックはテキサスに流れ着き、そこでロデオ・クイーンのラリーンと結婚。彼女の父親の会社で働くようになった。

出典:smilecinema.blog85.fc2.com

概要

原作はE・アニー・プルーの同名の短編小説。アメリカ中西部を主な舞台として、1963年から1983年までの20年間にわたる、惹かれ合う2人の男性の姿を描く。

公開当初は「ゲイ・カウボーイ・ムービー」と評されたりもしたが、監督のアン・リー自身この映画を「普遍的なラブストーリー」と強調しているように、そのテーマが観客に広く受け入れられ、低予算で作られたにもかかわらず、アメリカ国内外で記録的な評価と興行収入をもたらした。

2005年のヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞。ゴールデングローブ賞では、作品賞(ドラマ部門)、監督賞、脚本賞、主題歌賞の4部門を受賞。2006年のアカデミー賞においては、作品賞を含む同年作品中最多の8部門にノミネートされたが、作品賞は『クラッシュ』が受賞。監督賞、脚色賞、作曲賞の3部門にとどまった[2]。
引用元:ja.wikipedia.org(引用元へはこちらから)
出展:Youtube

20060228ブロークバックマウンテン パート 1

続き http://www.youtube.com/watch?v=b0tksUnbCUs&feature=relmfu 町山智浩 コラムの花道 ストリーム.

美しいワイオミング州の山々。ふたりのカウボーイが羊を放牧している。ワイルドで牧歌的な風景に奏でられるのは、彼らの愛の物語。男同士の関係を描きながら、これほどまでに万人を感動させる映画は、過去になかったかもしれない。イニスとジャックは、ブロークバック・マウンテンで燃え上がった愛を、その後、失うことはなかった。ともに妻を迎え、子どもを授かっても…。
引用元:www.amazon.co.jp(引用元へはこちらから)

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物語は1963年に始まり、舞台は保守的な中西部なので、当然、厳しい現実が待っている。そして、妻たちの悲しみもある。アン・リー監督は、それらすべてを過不足なく描き、主人公ふたりの愛を際立たせていく。何より、演技がすばらしい。イニス役のヒース・レジャーは、素顔の本人とは別の、絞り出すような低音の声で男くささを前面に出しつつ、内に燃えたぎるジャックへの愛を表現する。ふたりの再会シーンでは、衝撃的なまでに激しい愛がぶつかり合うのだ。

誰かを真剣に愛し、その愛を長い間、心に育んだ経験のある人なら、本作の愛に打ちのめされるはず。静かだが、あまりにも切ないラストシーンは目に焼き付いて離れない。
引用元:www.amazon.co.jp(引用元へはこちらから)

登場人物

イニス・デル・マー(Ennis Del Mar)

ブロークバック・マウンテンの農牧場で季節労働者として雇われ、ジャックと出逢う。子供のころ、父親が暴行を加えて死亡させたと思われるゲイ男性の悲惨な死体を見せられ、同性愛の関係に悲観的になっている。
引用元:ja.wikipedia.org(引用元へはこちらから)

イニス・デル・マー役|ヒース・レジャー

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ヒース・アンドリュー・レジャー(Heath Andrew Ledger, 1979年4月4日 - 2008年1月22日)
オーストラリア出身の俳優。

オーストラリアでテレビ・映画に出演した後、1999年に『恋のからさわぎ』でハリウッドデビューを果たす。当初はアイドル路線的な注目だったが、ほどなくして本人がこの路線を拒否し、以後出演作品を選ぶようになった。

出典:www.mayaplanet.org
『ブロークバック・マウンテン』(2005年)の演技が絶賛され26歳でアカデミー主演男優賞にノミネート、一躍若手演技派俳優と目されるようになった。

その後も順調にキャリアを重ねていったが、2008年、睡眠薬等の薬物併用摂取による急性薬物中毒により急死。死後、『ダークナイト』(2008年)の演技により、アカデミー助演男優賞を受賞した。28歳での同賞受賞は史上4番目の若さだった。
引用元:ja.wikipedia.org(引用元へはこちらから)

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